僕のダンス遍歴

  • 2020.04.26 Sunday
  • 14:00

 

こんな時期だからこそ自分のこれまでのダンスを振り返ってみようと思う。

 

 

僕がダンスを始めたのは中学2年生の3学期だった。

 

当時僕はダンスと言えばジャズダンス・バレエしか知らなかったので、そこから『女の子がする』イメージだった。だから当初は『ダンスなんか女の子がするものやから絶対に嫌や!』と強く拒否していたが、ある日母から「もう先生にお願いしたから次の日曜日から行きや」とレッスン着をポンと渡され半ば強制的にする事になってしまった。

 

『えーっ!何でやねん!しかもなんやこの派手な服!どっちが前か後ろかもわかれへんし着方もわからん!友達にみられたらどうするん?!』

当時の僕のレッスン着は、上は蛍光色のTシャツの上に蛍光色のタンクトップを重ね着(重ね着せずにタンクトップだけの時も有り)、下はひざ上までのスパッツ(しかも白黒)に白のハイソックスもしくはレッグウォーマー、そしてリーボックの黒のハイカットスニーカー。手首にはリストバンド、ヘアバンド等をしていた。いかにも80年代。

でもキッズなら可愛いと思うので、小学低学年の子なら僕も同じ様な格好をさせる時も有ると思う。

 

そんな格好もあり初日当日までは緊張の毎日だった。

 

 

そしていよいよレッスン初日・・・。

 

稽古場は住んでいた場所に隣接するビルの2階だったが、その時は緊張と不安からくる嫌々な気持ちが足取りを重くした。

 

当然だが稽古場には1分程で到着し稽古場に入ると・・・、そこには小柄な一人の男性がいた。

その人は白いジャケットに白いズボン、サングラスにと明らかに不審者。ビビッた。ちびりそうやった。だいたいどこで売ってるねんその服。

そんなマイナス印象の男性、その人が最初のダンスの先生で、その後の僕に大きな影響を与えたダンサーだった。

 

その方は京都出身で、松竹芸能に在籍し映画やテレビ等に俳優として出演しながら、ダンスチームを組んでショーやストリートパフォーマンスで踊ったりしているダンサーだった。

ジャンルは<ロック・ポップ・ブレイク・ソウル>等、今で言う〔オールドスクール〕で、当時のストリートダンスはオールドスクールしかなく、今のヒップホップやハウス等のジャンルはアメリカでも生まれていなかった。

 

 

話を戻すとレッスンはその先生とマンツーマンで、他には誰もいなかった。今思えばそれが良かった。他に誰かいたら動かない時間が出来るので集中が切れてしまい結果辞めてしまったと思うし、マンツーマンでしかも講師が男性でジャンルもストリートダンスだった事が、気持ちも楽に楽しくレッスンを続けることができた要因だと思う。

 

最初は何を教えて頂いたかは今でも鮮明に覚えている。

 

ストレッチを15分した後、いきなりハンドウェーブを見せて『これをやろう』と言った。

 

「!?」「凄い!でもなになにそれ?えっ!タコ?無理無理!骨ないんちゃうん?俺バキバキやけど・・・」

 

でも先生はそんな不安を察してかゆっくり解説してくれた。

 

結果、レクチャーされて直ぐに出来た。

出来た驚きと同時に達成感と楽しさが出てきて、もっと教えて欲しいと思った。

 

今思えばあの方は、指導も上手かったから誰でもあの方に習えば初日に出来たと思う。

 

その後、様々なウェーブスタイルを教えてもらいそれらもその日にコツをつかんで出来るようになったので、気がついたら1時間のレッスンが終わっていた。

帰りの足取りは行きと違い飛んで帰り、その日は夕飯までの数時間、鏡の前でその日教えてもらった事を一心不乱で練習していた。

 

 

僕のダンスに対する考えやイメージは「おもしろいやん!」「カッコいいやん!」「もっとやりたい!」等、ガラッとかわった。

 

そしてこの日から約半年間、毎週日曜日の昼に様々なストリートダンスの基礎やテクニックを教えて頂く事になるが、その後更に自分の価値観が変わる事が起きる。

 

でもそれはまた後日書こうと思う。

 

 

今日も家にいよう。

 

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