僕のダンス遍歴

  • 2020.05.14 Thursday
  • 12:27

 

今回は以前に書いた僕のダンス遍歴の続きを書こうと思う。

 

前回はダンスを始めるきっかけとその楽しさに目覚めた所まで書いたが、その後に価値観が変わり大きな影響を受ける出来事を思い出しながら書こう。

 

ダンスを始めた頃の僕は、学校から帰ったらその日の宿題を済ませた後、晩御飯の連絡が入るまで毎日家の小さなフローリングに置いてある姿見の前でダンスの練習をしていた。

 

この晩御飯の連絡とは、当時近くに祖父母の家があったのでそこで晩御飯は食べていた事が多かったのだが、そこから自宅に『ご飯がもうすぐ出来るから来なさい』と電話連絡が入って食べに向かうという行動をしていたのである。今思えば何と甘やかされた環境だったかと恥ずかしい限りだが、当時は何も不思議に思わなかった。

 

そんな毎日を3ヶ月程過ごしていたあるレッスン後にダンスの先生から「もうそろそろ実践的なレッスンに入ろうか。」と提案された。

 

その実践的なレッスンとは〈ディスコ〉今で言うクラブへ踊りに行こうと言うのである。

 

『は?』『僕未成年ですけど?』

『無理やし恐いし何が楽しいかも楽しみ方もわからんし、それより何より未成年が行くと犯罪ちゃうん!巻き込まんといてくれ〜((((;゜Д゜)))』

 

と思い固持していたが、何故か母は乗り気で『そうやな。ええやん。私も行くわ。』

 

結果この一声で僕は15歳で初ディスコに行く事に。

 

そして数週間後の夏休みの土曜日、いよいよその時が来てしまった。

服も未成年者とバレないように着替えるのだが、緊張で服もうまく着れない始末。

 

結局服を着替えるのに1時間近く掛かってしまった。

 

地元の駅から電車に乗り、一路難波へ向かう道中は緊張でガチガチだったが気が付けば難波の駅を降りていた。

先生の先導でディスコへ向かう足も重く、ずっと早く帰りたい気持ちだったが場所が無くなる訳もなく程なくしてその場所に着いた。

 

正確な場所は覚えていないが、なんばグランド花月に近かった様な気がする。

 

名前は『ナンバー363』。ちなみにこの店名の由来も意味も全く知らない。

残念ながら今はもう無くなってしまったがそこが僕のディスコ(クラブ)デビューとなった。

 

到着し表のドアを開けて先生は受付に立っていたボーイに軽く手を上げて『おぅ。お疲れ様。』と一言。

ボーイも先生をみるや『お疲れ様です!いらっいませ。』と深々とおじきをしたかと思うと僕を一瞥し鋭い眼差しを向けた。

明らかに未成年とわかる人物がそこにいたのだから当然だが、その目は僕がそれまで見てきた大人の目では無く、明らかに夜の街で生きている住人の目だった。

 

僕はドキッとしたが、先生は僕を指差し『彼は俺のメンバーやから』と言うと、それを聞いたボーイも『わかりました。どうぞいらっいませ。』と柔和な顔付きになり、僕に一礼をしてドアを開けた。

 

だが笑顔の中のその目はやはり鋭いままだったのは今も覚えている。

 

それだけでなんか夜の大人の怖さと雰囲気プンプンで、僕は呆気に取られたが、ドアの向こうは更に大人の世界が広がっていた。

 

中へ入るとそこは大音量の音楽が鳴り響き、きらびやかな内装に囲まれた異空間に、沢山の人々がめいめいうごめいていて、香水やたばこお酒や汗等、様々な臭いが混ざり合いそれは僕の体にまとわりつき五感を麻痺させるようで、その雰囲気に圧倒されてしまった。

 

お店の端にはカウンターがあり、そこに2人のバーテンダーが綺麗に整頓された多種多様のお酒の瓶と、磨き抜かれた宝石の様にきらきら光るグラスの数々を背景にお酒を作っていた。

 

そんな中、目線を一番人が多くいる空間へ向けると、そこがダンスフロアで無数の照明やカクテル光線が別世界のステージの様に光輝いていた。

 

フロアで踊っている人達は皆サラリーマンやOLの普通の大人が多く、何故か大学生等の若者は殆どいなかったがダンサーらしき人も多くいて、主役の様にフロアを盛り上げていた。

 

僕達はV.I.P.席と思われる半個室に通され、そこに置いていたベルベット張の真っ赤なフカフカのソファ席に腰を下ろした。

 

先生が『何飲む?』と聞くので僕は殆ど飲まないウーロン茶を注文した。

少しでもいつもの自分ではしない事をして現実逃避をしようとしていたと思う。

 

だが注文を終えると先生は、飲み物が到着する前に一人ダンスフロアへ向かって行った。

 

先生は恐らくポップとロックキング、そしてソウル等を踊っていた様に記憶しているが、とにかく凄まじく踊っていて周りが先生を取り囲んで盛り上がっていた。僕にはそれこそスターのように見えたし、実際そうだったのだ。

 

すかさず横に座っていた母が『行ったら?』と言う。

『・・・。』無言。

『ここで踊らなあかんで。』

『・・・・・・。』更に無言。

『ヘタレやなぁ。』

『・・・・・(ヘタレで大いに結構)。』

 

そんなやり取りが暫く続いた時、先生がフロアから戻ってきた。

 

そして黙ってうつむき加減の僕を見て『行こか。』と強引に手を引っ張り、無理矢理ダンスフロアに連れて入った。『!!!!』

 

当時のディスコには壁面に鏡があったので、ダンスフロアに入ると僕はその鏡前で小さくなりながら踊っていた。

暫く周りの様子を見ていたらサラリーマンさんやOLさん達が実にいきいきとした表情で、大量の汗と髪を振り乱しながら悦に入った様に踊っていた。彼らはその時現実世界から異世界にいるのだと思った。

 

『上手い!上手すぎる。』

初心者の自分でもそれくらいはっきりわかる位、みんな上手い人達ばかりだった。

恐らく学生時代は踊りまくっていたと思うが、普段は身なりもきちんとしていて毎日仕事をして、周囲からは彼等が週末にディスコで踊りまくっている等とは全く信じられないだろうなぁ等と思っていた。余談だが、当時そのディスコに出入りしていた人の中には今現在大阪のダンス界に大きく影響力のあるダンサーやダンススタジオ経営者もいたらしい。

 

 

そんな周りの勢いのあるダンスに気後れしてまごまごしたダンスを踊っていた僕を先生は更にフロアの中心に連れて行き、僕の顔をじっと見ながら自分の踊りをぶつけてきたのである。

 

<ダンスバトル>である。

 

最初は『?』だったし『それを真似したらいいん?』だったが、次第に何故か心が熱くなり体も軽く、そして何より音楽以外の音が全て聞こえなくなり、自分がやったことも無い動きも出来て、更に俯瞰で自分を見ている様な不思議な感じになった。

 

 

ポンと肩を叩かれ我に返ると、僕を人が取り囲み歓声を上げていた。

 

どうやら先生のお陰で<ゾーン>に入り、約15分間ほどノンストップで踊っていたらしいのだ。

 

席に戻るとダンスフロアはまた踊る人々で溢れていた。

もう気持ちは直ぐに踊りたいと思った。

その後は何度も何度も踊り、自分のダンスや周りのダンスを見て学びそしてそれを吸収する。その繰り返しだった。

 

電車の時間も迫ってきたので帰る事になったが、僕は行きと違いここでも帰りの足は軽く心の痞えが取れた様で清々しい気持ちになっていた。また来たいと思った。いやここに来なければならないと思った。

 

そんな思いを巡らせている僕に先生は帰る道中『これがホンマのダンスや。血の通った踊りやで。今日味わったその感覚をよく覚えておきなさい。』と言った。そうまさに実学だった。これがダンス、特にストリートダンスには最も大切だと実感した。

 

 

家に着き自室に入るとドッと疲れが押し寄せ頭と体が動かなくなり直ぐに眠ってしまった。

 

こうして僕の初ディスコの一日は終わるのだが、その後高校生になると自分から夏休み中ほぼ毎週末行くようになってしまう。

 

 

この経験は今でも自分のダンス人生において大きな出来事だったと思うし、もしあそこで踊れなかったら今僕はダンスを踊っていないだろう。

 

ちなみに初ディスコから約2ヶ月後にレッスンは終了し、その後しばらくは先生のダンスチームのメンバーとして踊ることになる。

 

そのダンスチーム活動期にも様々なダンサーと出会いバトルもするが、その後僕のダンス観が瞬間に一変する程のダンサーを目にするのだがそれはまたの機会に書こうと思う。

 

 

 

昔の事を思い出すのは苦手だが、ダンスの事だけは覚えている事が多いなぁ。

 

 

 

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